自然な姿

冬の間、次々と花を咲かせ楽しませてくれた部屋のシクラメンも次の蕾が無くなりました。休眠が終わり次に花が咲くのが楽しみです。代わりにベランダの植木鉢に入った君子蘭のつぼみが膨らんで、部屋の中に春の香りを運んできます。

近所の公園の桜は、しっかりと新緑を身にまとい、これから来る夏の日差しを遮って心地よい環境を与えてくれます。でも、桜はそんな事は考えていないだろう。

自然体であるからこそ、そこに安心できる場ができるのだと思う。

これまでの常識と思っていた事が覆され、当たり前とされていたことが出来ない状況が起きて、初めて不自然なことをやっていたと認識される。特に、照明業界では震災や放射能で被災された方々よりも、節電のためにアンバランスになっている不自然な環境に対して、ここぞとばかりに活発に活動を始めたりしている。

このブログを書いていても災害に便乗しているように感じてしまい、自己嫌悪に陥るときがある。それでも、私達LIGHTSCENEは、震災前と同じように根本的な光の在るべき姿を追求し、サスティナブル照明を発進して行きたい。今回は、光の使い方を見直す良い機会でもある。そして、多くの方々が、光について語るのは喜ばしい事だと思う。少し気掛かりなのは「光」に対しての認識である。多くの方々は、光が空間を構成する重要な要素と捉え、美しさや商業利益などが優先され「光が発する影響」については置き去りにされてしまう場合がある。

光は、水や空気と同じように生態系に取っては重要な必要要素であり、自然の恵みでもある。水や空気もこれまで無意識に扱われていた時代があり、公害問題などを起こしていることもあるため、多くの研究が行われ改善されて来た。近年の光は人工的に作られたものが主流であり、明るくする事が目的とされているため自然な姿とは言い難い。とくに生態に及ぼす影響認識は未成熟であると考えられる。

自らが行う行為は、想定外では済まされない。

私達に出来る事を考え、地球温暖化対策を含めたこれからの照明設計に少しでもお役に立てればと考え、節電手法を含めた光の基礎を提示することといたしました。
LIGHTSCENEホームページ上にリンクを設けましたので是非ともご覧ください。

                                    LIGHTSCENE 一同

昨年キャンプに行った時の朝焼けです。
たまに、自然の中で過ごすと気持ちがよいです!

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ライフスタイル…情報発信

桜の花の合間から、新緑が少しずつ芽吹いてきています。これからしっかりとした成長が始まる季節になったことが実感できます。そして、太陽の光をしっかりと受け止めて次に繋いで行くのだろうと思うと、とても強い意志すら感じられます。

自然の世界は、外的情報が対自然であるため己が確立しているのだと思う。

放射能による風評被害。国内では被災地周辺の野菜や牛乳が敬遠され、買いたくても物自体が販売されていない状況もある。そして多くの方は、外国が食品だけではなく工業製品にまで輸入に規制をかけている事に対して不満を口にしている。ある意味、情報が正確に伝わらず己の判断が行いにくい状況にあるのだと思う。

最近になり、節電で暗くなっている環境に対して「暗い方が良い雰囲気」という言葉を良く聞くようになった。反面、案内サインや目印が無くなり戸惑っているという声も聞く。そして、この機会に照明デザインを見直そうという声も良く聞くようになった。そこで重要になるのが生活に対する価値観だと思う。作り手側の考えを一方的に社会へ情報発信され、それが正しいとされてしまう。明るさが必要な方も多く居るのに、暗さの美学を押し付けられたらおそらく迷惑な話だろう。確かに舞台照明のように暗い中に光を作る事は美しい環境を作りやすいが、それだけでは済まされない。

駅構内の節電について言えば、「暗い方が良い雰囲気」という意見もあるにせよ、薄暗い雰囲気がどうもなじめないという意見もある。すぐに行える簡単な見直しとして、例えば現状色温度5000Kを使っているところを、色温度を下げることで、単に照明を減らしても快適に感じる照明環境は成り立つかもしれない。
節電のために暗くしているだけの状況に少し変化をもたらすことで、人々の視覚的感覚も変わり、それに慣れることは現状の薄暗い駅構内に慣れるよりも容易なことのようにも思える。

これから、ライフスタイルと光の在り方を再考し‘根本的見直し’を念頭におき考える必要がある。

                                 LIGHTSCENE 一同


周辺の環境によって効果は異なります。ご注意ください!

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復興…エコロジー

桜の花も満開に近づき、自粛ムードの中粛々と行われているお花見が妙に愛着を感じさせます。桜の花の下で、静かに酒を酌み交わしながら行われている会話は、やはり震災問題であったり、景気の低迷であったり、電力不足のことなのかと想像しながらも、桜の花が自粛していた方々を繋いでいるようであり、これから始まる季節に対する期待感を分かち合っているようでもあり、とても日本的な感じを受けます。

昔の日本人は、自然を愛し、季節を楽しむような行事が行われていた。

それは、今と生活環境が異なることが原因とは思いたく無い。電気やガスといった生活インフラが整い、24時間不便を感じることがない状況が日常となっている今でも、正月には初日の出を楽しみ、花見や七夕お月見といった行事が行われている。今でも、日本人は自然や季節が好きなのだと思いたい。

計画停電が中止になる。

火力発電所の再稼働のおかげで電力供給力が高まった事と、温かな気候となり暖房を使わなくなったために、計画停電の実施が夏の冷房時期までは行われなくなるということだ。これで良いのか?問題提起として計画停電は残しておくべきではないだろうか?

動いていないエスカレータや点灯していない照明器具は、どうなるのだろうか?それらは、本当に必要であったのかというところから再考させられるが、その管理者は電力の十分な復旧を待っている状態にも感じられる。

以前のBLOGにも書いたが、火力発電になることで、数十倍の二酸化炭素を排出する結果となる。今まで、対外的にCO2削減を言い続けていた日本が、CO2排出量を高めることを実施しようとしている。発展途上国が言っていた、今後の経済発展のためには仕方がないという意見に対し、地球の事を考えなければならないと言い続けた日本が、CO2排出国となる。恥ずかしい事だ。

文化水準の高い日本としては、低エネルギー社会を作って行かなければならない。被災地に対する復興も大切な事ではあるが、大きな目で見れば日本そのものが被災している。電力で言えば、元に戻る事を待つのではなく、新しいカタチを模索する事で、経済的にも復活して行くのではないかと考える。

照明で言えば、LEDに変えるだけではなく、環境そのものの見直しを行う。 LIGHTSCENE 一同

2001年に行った仕事…山口きらら博の海辺の明かり(オイルランプ)
暗くなったら係の方が点灯してまわる…。あかりへの想いが込められていました。

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春〜これから

こちらでは、満開の木蓮のとなりで順番を待っていたように桜の花も咲き始め、新しい季節の訪れを感じさせます。ベランダの枯れてしまった植木鉢にも前年落とした種から毎年新芽がでてきます。これからゆっくりと暖かくなり、たくさんのものが産まれてくるのかと思うと、楽しくなり希望が産まれてきます。

テレビでは、原発問題の合間を縫うように上野動物園のパンダが今日から公開し多くの方々が笑顔で見に来ているニュースや、新社会人の姿が映し出され明るい未来を予感させてくれます。気になるところで、窓の外では、とある政党の選挙演説がはじまり、拡声器を使いながら大きな音で省エネを唱えている。他の方々は、早朝からビラ配りをしたり、のぼりを付けた自転車で街中を走り回ったりと堅実な活動をしている。
おそらく、大きな勘違いがあるのだと思う。震災の影響で自粛ムードの中、今まで通りの行動をとる事で景気回復に繋がるという図式に思える。

照明に対する節電も同じで、電力消費のピーク時付近だけ節電している場所が幾つか見受けられる。たしかに大量の電気を蓄電する事は困難なため、ピーク時以外は使っても問題はないと思われるが、根本的に違う。このままでは、電力が回復したと同時に、以前のような無駄に明るい環境が復活してしまうのではないかと心配になる。これからは、原子力が使えなくなり、化石燃料による火力発電が主流となるのだから、停電にならなくても地球温暖化は間違いなく進んでしまう。

少し暗めで、綺麗で、楽しく、安全な空間づくりを考えなければならない。
下の図は、私達LIGHTSCENEの提案書に必ず入れている照明の基礎です。

これは、文字の明るさで表しているため実際の空間よりも条件が良いです。光は発光し、眩しささえ与えますので影響は大きくなります。

左の図は、輝度がちりばめられ華やかな印象を与えますが、実際の文字は読みにくくなります。右の図は、華やかさは感じられませんが、文字が読みやすくなります。光の使い方で印象や効果が異なる事を伝え、右の図のように認識を優先し、華やかさを付加して行く提案を行っていました。

今回のように全体で節電を考えなければならないときに、ひとつの施設が煌煌と明るかったら左の図のように部分的に際立ち、周囲が暗く感じてしまいます。

これからは、広域で光の在り方を考える必要があると考える。

                   LIGHTSCENE 一同

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今思う事02

先日の計画停電のときに真っ暗になった街中を散歩してみた。月が出ていたおかげか、暗くて見えないという状況ではなかったが、すれ違う方々の顔を認識するにはやはり暗いと感じた。ところどころに、非常電源で点灯しているハロゲンランプの非常灯の明かりが点在し、明かりのありがたみを再認識し温かな気持ちになった。防犯という視点では問題があるかもしれないが、この程度暗い方が落着きを感じる。ここまで暗く無くても良いが、今までのように明るくする必要がどこにあるのか考えさせられる。ネット上では、低照度でも美しい照明環境を見直そうという話も出ている。

部屋に戻ると不思議な静けさがあった。よく考えると冷蔵庫の音や、蛍光灯などの照明器具から高周波が出ていない。電気を使うとそれだけで微量の高周波が出ているらしいので、おそらくそれらが遮断された事によってこの静寂が産まれてきたのだと再考した。しばらくの間は蝋燭も点けずに窓から差し込む月明かりで静寂空間を楽しんだ。これで、木々のざわめきや虫の声などを感じる事ができたならば都会である事をしっかりと忘れさせてくれる。
せっかくだからお酒でも…と、思い蝋燭に火を点した瞬間、部屋の中に大きな陰影が現れ柔らかな明かりで包まれた。蝋燭のあかりも心地よい。

仕事を始めようとパソコンの電源を入れると、急に強い輝度が眼を刺激する。パソコンの起動音が頭の奥にかすかに響く。周囲はそれまでとは異なり、単純に暗い空間へと変化してしまい静寂の楽しみが終了した。これが現実か…。
生活の中で多くの場合、明かりが必要なことは解っている。特に、視力の衰えた高齢の方や小さい子供達が居る家庭などは、この計画停電で不自由な思いをしているに違いない。電気の大切さを改めて実感する。

今まで、地球温暖化対策のため節電するように言われても気にもしていなかった方々が、今回は積極的に節電し始めている。結果として全体的に明るくする事で成り立っていた空間が、節電によりアンバランスになっている。光は距離の二乗に反比例して暗くなるため、全般照明による照度確保という考え方は無駄が多く、照度が低くなると成り立たなくなる。化石燃料に頼らなければならない今となっては、光の使い方も理解して欲しいと切に思う。

電気は、光源をLEDに変える事で大きく節電できる。それに加え、設定照度を半分にすればもっと節電できる。そこで、最も必要な事は光の扱いかたである。
設定照度を下げることで「暗い」という批評が出るであろうが、それを感じさない心地よい光環境をつくり出せば問題はない。そう考えると、デザインの重要性は地球環境においても明らかである。そこで注意しなければならない事が、光は水や空気と同じように、人の心理や生理に対して大きな影響を及ぼすということである。粗悪品の光源や、悪影響を与えるような光の使い方はしてはならない。

多くの方に光の本質を再考していただき、照度を下げてもデザインにより豊かな光環境をつくり出せることを理解していただきたい。

人と地球に優しい光環境をつくらなければならない。 LIGHTSCENE 一同

宇宙から見た 夜の地球

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